ダイキチ株式会社 「味世」県中・県南エリア

辛いけれどクセになると地元で人気のお店だ。
ダイキチ株式会社 元祖台湾ラーメン『味世』オーナーの鈴木秋雄さんにお話を伺った。

暖簾分けの誇り
開店のきっかけは2011年まで遡る。当時、名古屋で自動車関連の仕事をしていた鈴木さんは、“台湾ラーメン”で有名な『味仙』に客として頻繁に通っていた。今では台湾ラーメンを提供する店は多いが、その元祖が『味仙』である。毎日忙しく働く中で辛いものを食べることはストレス発散にもなり、身体も心もリフレッシュできたという。そんな中、2011年3月に東日本大震災が起こり、地元のために何かできないかと福島に戻った。いわき市四倉や岩手県陸前高田市で震災ボランティアに尽力していたある時、「石巻で炊き出しをやるので力を貸してくれないか」と『味仙 藤ヶ丘店』の社長から連絡があったのだ。名古屋で世話になったお店からの協力依頼に、喜んで応えた。「いろいろと手伝ううちに、社長から“台湾ラーメン”で東北を元気にするために、東北のどこかに出店してはどうかとの提案を受けて、しばらく『味仙』さんで修行させていただくことになったんです」と当時を振り返る。修行期間中はなんと毎週、福島から名古屋に通ったとのこと。社長も鈴木さんの真摯に取り組む姿勢や胸に秘めた情熱をしっかりと受け止め、一年半後には暖簾分けを認めたという。「当時おそらく親族と愛知県内以外で『味仙』さんの暖簾分けを認めていただいたのは私だけだったと思います。」この誇りが鈴木さんの原動力だ。
辛くて旨い “台湾ラーメン”

“台湾ラーメン”というのは実は台湾には無い。台湾料理の“担仔(タンツー)麺”をベースに、激辛ブームの中、日本風に少し辛くした麺を“台湾ラーメン”と呼び、初めはお店の賄いとして出していたという。店名の『味世』にはその『味仙』の味を受け継ぐという意味が込められている。あらためて『味世』の台湾ラーメンの魅力を尋ねると「パンチのある辛さ。でもただ辛いだけでなく旨みもある。それとニンニクですね」と自信たっぷりの笑顔。この地域で一番の激辛ラーメンを提供しているという自負がある。また、麺の量は『味仙』の2倍だといい、『味世』の台湾ラーメンはパンチだけでなくボリュームもある。そこには、お客様にお腹いっぱい食べて元気になってほしいという店主の熱い想いが込められている。
消費者の変化に対応するために
2020年以降、コロナ禍で消費者の行動形態が大きく変わったことを痛感する日々が続いた。人々があまり出歩かなくなり、夜の来店客は以前と比べ極端に減少している。この変化になんとか対応しなければと、冷凍商品のオンライン販売やお店のメニューのテイクアウト販売に乗り出した。そこで、急速冷凍庫の導入や自社ECサイト開設などの設備投資のために補助金申請が必要になり、商工会に協力を求めた。「初めは自分でやろうと申請書作成なども頑張ってみたのですが、どうしてもうまくいきませんでした。商工会からの的確なアドバイスは非常に心強かったです。」取材に同席した経営指導員と顔を見合わせ頷く。今では商工会の支援を受けながら申請した持続化補助金を活用し、お店の味を自宅で楽しむことができるオンラインでの商品販売に力を入れている。今後もECサイトをより進化させていきたいと意気込む。
地元の食材を活かした新しい挑戦
2024年12月半ばから2025年1月末日まで期間限定で、郡山の伝統野菜である“阿久津曲りねぎ”と、福島県で推している“うつくしまエゴマ豚”を使った台湾ラーメンをお店で提供している。郡山市や郡山地区商工会広域協議会ともコラボした形だ。まだ限定メニューという段階ではあるが、地元の食材を使って地元を元気にしたいという想いがひとつずつ形になっていく。次の構想として、会津の馬肉を使った新メニューも準備中だ。
東北に元気も笑顔も届けたい

最後に『味世』のこれからについて尋ねたところ、「通販ビジネスを拡大させて全国に商圏を広げたいです。またネット経由で海外からの問い合わせもあるので、将来的には海外進出なんかも考えていきたい。お店に関しては、だんだんと東北にもお店を増やしたいです」とのこと。今後の構想も実にエネルギッシュだ。
鈴木さんの今の夢は、「まずは“台湾ラーメン”を郡山から東北に広めること」そして「台湾ラーメンをきっかけにして東北に元気と笑顔を届けること」だという。
創業当初からの熱い想いは今も変わらない。鈴木さんの台湾ラーメン・ストーリーはまだまだ続く。
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